なかなか妊娠できない… 赤ちゃんを見るのも辛い…。メンタルが不安定な時にはどうしたら?

同世代にパパ、ママになる人が増え始め、ウチもそろそろ、と思い始める頃。健康な男女であれば、自分たちが望みさえすればすぐにでも子供が授かるだろう…妊娠を意識し始めた当初は、そんな風に楽観的ではありませんでしたか? 子どもを授かるという喜びごとには、誰しも希望や明るい未来を思い描くものです。私もそうしたひとりでした。

私自身は結婚後7年を経て、37歳〜43歳の間生殖補助医療を経験。はじめはたいした決意も覚悟もなく、年齢的にそろそろだよね…くらいの気持ちで受診したものです。検査の結果は「夫婦とも異常なし」だったこともあり、まさか自分がその先何年も妊娠できず、さらにはそのことにより精神的にひどく追い詰められていくことになろうとは、正直夢にも思っていませんでした。

お金の限界が治療の限界

最もつらかったのは、いつまで治療を続けたらいいのかわからない、決められないという点でした。何らかの障害により子どもができない身体である、ということがはっきりすればスッパリとあきらめることもできたでしょう。
確率が10%〜12%といわれても、では10回戻せば1回くらいは成功なの?ということも判然としません。受精卵も、グレードはいまひとつだが可能性はゼロじゃないというように言われ、その時点では生きて分割が進んでいるものを破棄してとは到底言えませんでした。もうそろそろ、次の1回でうまく行ってもいい頃じゃないだろうか…今回で止めてしまって後悔しないだろうか。でももうお金がない。もう無理だからあきらめろと、誰かにはっきり言いわたしてもらいたいとさえ思いました。
結局、結婚以来コツコツ貯めてきた預金をほぼ使いきるまで、とうとう自分からあきらめることはできなかったのです。

気力と体力も限界に

大きな病院になると待ち時間も長く、通院は丸一日を要します。診てくれる先生は毎回替わり、頻繁に診察台に乗ることだけでも大変なストレスですし、ホルモンの投与は体調や感情の起伏に影響します。採れた卵子の個数、受精するしない、分割が進む進まない…など1周期の間にジェットコースターのような気分の上下を経験するのです。それが毎回でも慣れることはありません。
また治療の必要上、仕事を急に休まざるを得なかったりということも出てくるので、職場でのカミングアウトも悩ましい問題です。多くの人は協力を得るのに必要最小限の同僚や上司だけ、もしくは誰にも言わずにひとりで抱え込むことになるようです。
治療という名がついていても、妊娠が病気ではないという言われ方をするように、不妊治療はあくまで個人的希望(=勝手)で行うもの、という先入観や引け目は、周囲だけでなく自分自身の中でさえ根強いのです。

夫や親に申し訳ないという気持ち

親にはとうとう打ち明けられないままでしたが、孫の顔を見せられないのが申し訳ない。高い漢方薬やサプリ、さらには高度生殖医療に貯蓄の大半を投じてしまって、結果を出せないのは夫に申し訳ない。助成金(税金)を使って申し訳ない…。
ホルモンの投与で体調を崩して家事が滞ることもあり、いま思えば誰からもあからさまに責められたことはなかったにもかかわらず、萎縮しきって引きこもりの寝たきりのようになっていきました。

子育て中の友人、知人に嫉妬してしまう?!

街で見かける親子連れや、耳に飛び込んでくる赤ちゃんの泣き声に敏感になるだけでなく、友人のおめでたの報告にさえ心からおめでとうを言えない自分…表面は取り繕ってもいつか見透かされるのではないかという怖れが強くなり、子育て中の友人とはすっかり疎遠になってしまいました。SNSの投稿も子どもの話題が中心なので見るのがつらく、そちらでの交流もみるみる少なくなっていきました。

共感や共有で救われるかは、人それぞれ

孤独な胸の内を誰にも話せず、このままでは精神的に病んでしまうのでは…と不安になった私は、まず当事者団体の集いに参加してカウンセリングを受けてみました。そこでは不妊に悩んだ経験を共有しあったり、孤立から救おうとする試みが行われていました。感想から言えば、徹底的に考え抜き向き合うことで問題克服しようとする人、自分の内面をさらけ出すことでスッキリするタイプの人に向いているかもしれません。同じような治療をうけ同じようなところで悩んだり、またそこでそういう考え方や選択もあったのか、という学びや気づきも多くありました。下で紹介する「感情をジャッジしないという考え方も、そこで教わったことです。
現在ではSNSの発達で、より手軽に仲間や相談相手を見つけることができるかもしれません。
しかし、長期的により自分に合っていたと思われるのは…実は妊活とは全く関係のない、趣味のサークルやボランティア活動に参加することのほうでした。
強い悲しみや嘆きは、心が一時的に炎症をおこしているようなもの。下手にいじらず、刺激しないというのも手当のひとつです。逃避といわれるかもしれませんが、敢えて問題を棚上げにし、目先の課題や作業に没頭するだけの集まりが、自分を立て直す上でよい方向に作用したと思います。ただ好きなことを純粋に楽しめる自分、というのを日々積み重ねていくのも、小さな成功体験なのです。

感情に良いも悪いもない。ジャッジせず受け止める

うらやましい、悔しい、悲しい… これらの感情はよく“ネガティブ”という呼ばれ方をするため、(ああまたこんなことを考えてしまった… 自分はなんて性格が悪いんだろう)などとマイナスに捉えてしまいがちですが、冷静に考えればただポジティブと対をなす概念にすぎません。赤と青を並べて「赤は悪い色、青は良い色」と断じることは無意味であるのと同じです。
それらを感じること自体が悪いことではないのに、抑圧しようとするあまり、例えばマタニティマークの人に席を譲るのをためらうなど、そうなると感心しかねる行為と言わざるを得なくなってしまいますよね。
かくいう私も、いまだに幸せそうな親子連れを見るたびに「あーあ、うらやましいなぁ ああいう風になりたかったなぁ」と思いますが、本当のことなので否定もしませんし、未練上等♪と茶化すことができるようになったのも、未練が悪い感情だというジャッジをやめたからです。

妊娠はできて当たり前と思わない。治療のやめ時は夫婦で

一説では、高度生殖医療にまで進む不妊に悩むカップルの約70%が「原因不明」であるそうです。つまり、特に問題がない=簡単に妊娠できるという過度な期待や先入観は、のちになって自分を苦しめることになるでしょう。あるいは子どもに恵まれないまま治療を断念する日がくるという可能性を視野に入れて、やめ時を夫婦でしっかり話し合っておくことを強くおすすめしておきます。
特に男性にとっては、問題の深刻さを実感しづらいので、はじめのうちは話し合いに及び腰になるかもしれません。でも女性は逆に感情移入が強すぎて、いざというときは冷静な判断を下せなくなっているかもしれません。現実的判断に連れ戻してもらうよう頼んでおくだけでも、そのときは心強い味方になってくれるでしょう。